Mar 21, 2011
主婦のための部分としてのコールセンター
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東日本大震災は11日で発生から3カ月となった。地震が起きた午後2時46分には、各地で犠牲者に黙とうがささげられた。遺族や被災地の住民らは悲しみを新たにしつつ、復興を誓った。
警察庁によると、11日現在の死者は1万5413人、行方不明者は8069人。依然9万人近くが避難所生活を余儀なくされている。
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将棋の羽生善治3冠(棋聖、名人、王座)に深浦康市九段が挑戦する第82期棋聖戦5番勝負の第1局が11日、千葉県柏市の旧吉田家住宅で行われ、午後6時25分、90手で後手の羽生が先勝した。持ち時間各4時間のうち、残りは深浦3分、羽生24分。第2局は25日、愛知県豊田市のホテルフォレスタで行われる。
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東日本大震災の被災地視察で、岩手県釜石市を訪れた菅直人首相。漁港で出迎えの漁協関係者とあいさつを交わしていた際、「早く予算を通してくれ」と後ろから声が飛んだ。退陣問題に揺れる首相は「頑張ります」と答えた。この後、がれきが残る漁港の岸壁に立ち、海に向かって黙とう。険しい表情でその場を後にした。
声を掛けたのは、唐丹町漁協副組合長の尾形勝さん(68)。「不信任案が否決されたなら、早く予算や法案を通してほしい」と話した。
菅首相はこの後、ボランティアセンターと仮設住宅に立ち寄った。市長らとの会議後にも避難所に足を運び、職員や被災者に声を掛けて回った。
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東日本大震災から3カ月が経過した被災地では、今でも陸上自衛隊による捜索が続いている。行方不明者は8千人を超えたが、時間の経過とともに新たな遺体が見つからない日もある。「見つけなければ」。隊員らは不安や葛藤に高い士気をぶつけて活動を続けている。
宮城県石巻市の瓦礫(がれき)の山は、日を追うごとに減っていくように見える。遺体発見の可能性が高い民家の捜索はほぼ終わり、重機で片っ端から瓦礫をダンプに移し、不明者がいないか目をこらす。震災発生直後と違い、具体的な情報に基づいているわけではない。
「自分が誰を捜しているのか。顔が見えず、苦しいこともある」
第20普通科連隊(山形・神町駐屯地)第2中隊隊員、林健一さん(35)はそう話す。
遺体が見つからない日も多くなった。同隊が5月28日に発見したときには最後の発見から3週間がたっていた。「見つかって正直ほっとした」。遺体が見つからない日は悔しさがこみ上げる半面、「亡くなった方がいなくてよかった」という思いも浮かぶ。「複雑な気持ち」になるという。
■墓石を砕いて不明者発見
宮城県亘理(わたり)町の畑では、自衛隊員約30人が、木の根っこや細かい瓦礫を拾う応急復旧作業を続けている。
「これも大事な任務。でも、まだ不明者がいるのにこんなことをしていていいのだろうか」。第130特科大隊(仙台駐屯地)第3中隊の専任上級曹長、佐藤勉さん(45)はいたたまれなくなることもあるという。瓦礫を見ると「ここに何人いるんだろう」と思い、泥を掻き出す。泥が高さ15センチくらいになると、「これはいないな」との考えが頭をよぎる。それでも可能性がゼロになるまで何回でも行き、床が見えるまで掻き出す。
寺の住職の許可を取って墓石を砕いて不明者を見つけたこともあった。濁流にのみ込まれた母親の手を離してしまった男性から頼まれ、4日間同じ場所の捜索を続けたこともある。母親は遺体でみつかった。作業を見守った男性の「ありがとう」という言葉に、人目もはばからずに泣いた。
自衛隊の捜索は生存が前提。佐藤さんは今でも「命を助けたい」と思っているという。
■気付かなかった死角も
同居の父親の末治さん(62)を津波で亡くした第130特科大隊第3中隊の小隊長、佐藤博宣(ひろのり)さん(26)は、同じ亘理町の現場で黙々と木の根っこを拾っていた。葬儀の日程は未定。祖父の幸一郎さん(77)を亡くした隊員の大友豪さん(20)らとともに作業を続ける。
これまでの現場に比べ、不明者が見つかりにくいことは承知している。だからこそ重点を置いて捜せるものもある。写真だ。
震災から四十九日の合同法要に、佐藤さんは末治さんの写真を提供することができなかった。家も親族の家も土台ごと流され、親族の誰も写真を持っていなかった。遺影として飾ったのは、末治さんの勤め先から取り寄せた釣り大会での写真だった。
応急復旧作業の傍らで、佐藤さんは常に「捜索」を意識している。
家族を亡くしたから分かる。「残された家族は行方不明者を待っている」。目の前1メートルの田んぼにあった遺体に、4月に入るまで気づかなかったこともある。「死角がある」のだという。
佐藤さんは「『いないかもしれない』じゃない。『いるかもしれない』。見つからなくても、そこから見つかる可能性がゼロになれば次に進める」と話す。(荒船清太)
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