Nov 10, 2010
誰のコールセンター
コールセンターの業務といえば、女性の仕事というイメージがありますが、コールセンターの業務は、男性と世代を問わず仕事をする職場が多くあります。長期の仕事で短期の仕事の経験がなくてもすることもできます。一日二日の単発の仕事は特に楽にできるかもしれません。特に、マニュアル通りにすることなどは経験がない方にもお勧めします。電話代行は、その名の通りを歩いてきた顧客の電話を捨てずに受理し、内容をすぐに専門家に報告するサービスです。電話代行サービスの利点は、重要な要件の中に電話をすることなく、音声電話に切り替えたり、携帯電話の電波が悪い電話がオフになってしまったりはせっかくの機会損失や企業のイメージダウンを防ぐことができます。
元「ザ・スパイダース」のギタリスト・井上堯之さんのライブ活動再開ツアー「Old Bat Tour in 神戸」が3月16日、地元神戸のライブハウス「神戸・WYNTERLAND(ウィンターランド)」(神戸市中央区山本通2)で開催された。(神戸経済新聞)
【画像】 井上さんは、オリジナル曲のほか、唱歌など全19曲を熱唱
井上さんは1941(昭和16)年神戸生まれ。1962(昭和37)年、「田辺昭知とザ・スパイダース」に参加。リードギターとボーカルを担当。解散後、沢田研二さんや萩原健一さんらと結成したPYG(ピッグ)を経て「井上堯之バンド」結成。沢田研二さんのバッキングを中心にテレビドラマ「太陽にほえろ」「傷だらけの天使」などのテーマ曲をはじめテレビ、映画、舞台、ミュージカルの音楽を多数手がけ、「火宅の人」で日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。レコード大賞受賞曲「愚か者」の作曲者でもある。萩原健一さん、柳ジョージさん、宇崎竜童さんらとの活動と並行して作・編曲家として活躍。2003年から国内外でソロライブを行い、2005年秋には映画「カーテンコール」(佐々部清監督)に出演。名古屋芸術大学客員教授を務めるなど各方面で活動していたが、2009年1月、井上さんは「『自分はいかに生き、何をすべきか』を考え続けてきた結果」として突然のプロミュージシャン引退を発表する。
その後、2010年6月まで南小樽病院通所リハビリテーション(北海道小樽市)で音楽を通してのボランティア活動を続けてきた。井上さんは「初めてこの場所でライブを開いた時、皆さんは1曲ごとに心やさしい拍手をしてくれたが、浮いている自分、場違いな自分を感じた」と話す。「ライブが終わって、(同院の)大川理事長から『高齢者の多いこの場所では、童謡、唱歌や歌謡曲をやった方がいい』とアドバイスをされ、それからは難しい音楽をやらず、誰でも分かりやすい健全で素直な音楽をやり始めた。その中から音楽とギターに対する新たな思いが、これからの希望となって生まれた」と、活動再開のきっかけを明かす。
ツアー名の「Old Bat」は井上さん自ら命名したという。「『Old Bat』は『迷惑じじい』という意味なんだよ(笑)。こんな『じじい』がステージに立って音楽やるんだから、迷惑な話だよな」と笑顔で話す。「神戸でのライブは3年ぶり。一度引退してのライブ活動再開なのにお客さんが集まってくれるのは幸せ。これからは独りよがりじゃない音楽を目指す」とも。
ツアー初日となる同会場は、井上さんの故郷である神戸ということで多くの同窓生らとファンで埋め尽くされた。開始早々の「何も言わずにいなくなってごめんなさい」の井上さんの言葉に会場からは笑いと拍手が起こった。演奏曲目は「テンダーナイト」「いま一度」「I stand alone/一人」「愚か者」などのオリジナル曲のほか、唱歌も披露。アンコールを含め全19曲を熱唱した。さらに、前日に誕生日を迎えた井上さんへ同窓生から花束のプレゼントもあり、会場は盛り上がりをみせた。
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井上堯之オフィシャルサイト
東日本大震災は、首都圏で開かれる東北物産展に出店する人気店にも、大きな被害をもたらした。震度7を記録した宮城県栗原市の食品会社の販売員は、今も催事場に立つ。社員は無事だったが、生産拠点は壊滅的な被害を受け、復興のめどは立たない。今回が“最後”の仕事かもしれない。それでも「やり抜くことが、次につながる」。収入源が断たれても、誇りを胸に、復興を待ち続ける。
「シシャモはうちの1番人気。食べてみて」「サンマは石巻産だよ」
東京・銀座の松屋銀座地下1階。威勢のいい声で、南蛮漬けのたれの製造販売会社「いちじょう」の販売員、榎本忠憲さん(54)=大和市=が買い物客に試食を勧める。店頭で揚げてたれに漬けた魚や野菜を販売。デパートで開かれる物産展が担当で、全国を回る。
南蛮漬けにありがちな酸味や辛味が強くなく、子どもでも食べられる。4年ほど前、友人の誘いで始めたものの、ほかにはない味に魅せられた。会社は15人ほどの小所帯だが、千円程度の売り込みに「5分も10分も語る」(榎本さん)社長の熱意にほれ込んだ。
11日は、小田原のデパートで「東北物産展」に出店中だった。揚げ物油が飛び散るほどの揺れ。震源が三陸沖、本社周辺は震度7と聞き、青ざめた。「仲間は無事か」。すぐ携帯電話に飛びつくが、つながらない。不安にさいなまれながら、営業を続けた。
社長から「無事だ」との短い携帯メールが入ったのは翌12日。自身も社員数人と連絡が取れ、胸をなで下ろした。だが社屋は大きな被害を受けたようで、素材を仕入れている宮城・石巻の水産業者も津波の被害に遭ったという。
それでも、14日までの物産展は休まなかった。16日からは、銀座に出店している。「プロ意識」というほど、大それたものではない。「仲間の無事が分かり、食材がある。店の灯は消したくない」。社長は、震災になんか負けないはず。だから被災地から離れている自分に今できることは、請け負った仕事をやり抜き、社の信頼を守ること。「震災直後も店を出していた」という事実は、足を運んでくれた客の心に届く。それは必ず、復興の礎になる―。そう信じ、売り場では笑顔を絶やさない。
催事のキャンセルが相次ぎ、22日までの銀座が終われば、仕事はなくなる。「アルバイトで食いつなぐ」と話す榎本さんは、会社が再建すれば、すぐに戻ってくるつもりだ。
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